岸田森 プロフィール
岸田森 属性プロフィール
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岸田森 プロフィール概要岸田 森(きしだ しん、1939年10月17日 - 1982年12月28日)は日本の俳優、声優。
岸田森 プロフィール詳細
来歴・人物
血液型AB。身長169センチ。趣味は蝶の収集・採集 、スコッチ・ウイスキー収集、油絵、ゴルフ、ジャズ鑑賞(レコードは相当なコレクションがあったとのことで、一番愛したアルバムはチャールズ・ミンガスのPithecanthropus Erectusであったという)。特技は剣道(3段)、野球。東京都杉並区阿佐ヶ谷にある河北総合病院にて誕生する。5歳頃まで東京都中野区本町通りに住み、1944年に疎開先の箱根町立湯本小学校へ入学。1947年に帰京し、千代田区の九段小学校へ転校する。九段小学校の同級生に大空真弓がいた。麹町中学校から海城高校を卒業し、一浪後法政大学英文科へ入学するが2年生の時に俳優の道を志し、中退したという。実父は1956年 - 1957年、火星の土地分譲で名を馳せた日本宇宙旅行会(改称後・日本宇宙飛行協会)の協会事務局長であったという。劇作家の岸田國士は叔父にあたり、女優・岸田今日子、童話作家・岸田衿子は彼の従姉妹に当たる。千代田区の麹町中学校に在籍していた当時、山形県から転校してきた(後に政治家となる)加藤紘一とも友人であった。1961年に文学座附属演劇研究所に入所。翌年、研究生として文学座に入団し、1964年に同期である女優・悠木千帆(後の樹木希林)と結婚する。1965年に文学座座員に昇格するが、1966年年頭に退団。悠木、村松克己らと劇団「六月劇場」を結成し、以降は主に映画・テレビに活躍の舞台を移す。代表作は和製ドラキュラを演じた東宝『血を吸う』シリーズ。同シリーズでの怪演によって、「吸血鬼を演じさせたら、クリストファー・リーか岸田森の右に出る者はいない」と認知しているファンは多い。岸田本人もドラキュラ役は非常に気に入っていたようで、ジョージ・ハミルトン主演の『ドラキュラ都へ行く』で吹替えを演ったり、晩年、ドラマ仕立てのTVバラエティ『もんもんドラエティ』でドラキュラの扮装をした吸血鬼をユーモアたっぷりに演じていた。ちなみに、和製ドラキュラの草分けともいえる天知茂とは、1973年に天知主演のテレビ時代劇『無宿侍』第6話において兄弟役で共演している。岡本喜八、実相寺昭雄、神代辰巳、西村潔監督作品などの常連で、萩原健一、水谷豊、松田優作ら岸田を慕った俳優も多かった。草野大悟とは文学座以来、生涯の親友であり、盟友。勝新太郎も岸田の才能と個性を高く評価し、多数の作品で共演。勝が主宰した俳優学校「勝アカデミー」の講師も務めた(教え子に小堺一機、ルー大柴らがいる)。岸田今日子の評するところ「森ちゃんは教え好き」だったという。実相寺昭男監督作品『あさき夢みし』での役作りで坊主頭にしていた時期があり、その際、普段はカツラを着用。この坊主頭を意図的に『傷だらけの天使』『探偵物語』で活用(悪用?)している。『傷だらけの天使』第5話において、加藤嘉演じる暴力団の組長に詫びを入れるよう強要されるシーンで、岸田は唐突にカツラを外し土下座してみせた。このシーンについては従前より「演出によるものである」との説と「岸田のアドリブである」とする説があるが、萩原健一の著書『ショーケン』によると、これはアドリブではなく岸田の役作りを承知していた萩原らが現場で発案したもので、岸田自身は「(坊主頭は)映画の制作発表のときまで公表しない」と主張して承諾せず、萩原らの懇願に負けて撮影することになっても最後まで乗り気ではなかったとのことである。怪盗103号役としてゲスト出演した『探偵物語』第13話では、終盤での松田優作とのフェンシングでの格闘シーンにおいて、松田の攻撃が岸田の頭髪を直撃、ここでもカツラを取って坊主頭を披露した。しかも頭にはご丁寧に「103」と書かれていたというオチまでついた。無口で陰湿な役の多い岸田だが、プライベートでは寂しがりやで、出演待ち時間にはやかましいくらいのおしゃべりであったという。愛称は「しんちゃん」や「かみそり・しん」。 演技に対しては非常にストイックでどんな小さな役柄も手を抜くことはなく、常に『ワンシーンで映画を変えてしまうような役者になりたい』と語っていたといい、実際本当にそういうことが可能な役者でもあった。数々の円谷プロ作品にも出演し、「僕は円谷育ち」と公言していた。また朱川 審(あけかわ しん)の名で脚本も手がけている(『帰ってきたウルトラマン』第35話「残酷! 光怪獣プリズ魔」など)。岸田が光をモチーフにしたというプリズ魔の造型は、第2期ウルトラ怪獣随一の美しさと名高く、多くの関連本に登場する。「残酷! 光怪獣プリズ魔」は、関係者へのインタビューをまとめた書籍『不死蝶 岸田森』にて原文を読むことが可能。他には実名で『ファイヤーマン』第12話「地球はロボットの墓場」において、30分枠の児童対象の番組では極めて異色な、実験的演出等を数多く取り入れた作品の脚本を手がける。岸田はほとんど台詞を話さず、その動作と口の微かな動きだけで感情や意思を観る者に伝えるという点等、演技の分野だけに絞っても、他の追随を許さぬ傑作となった。放映当時は理解を得にくかったが、再放送やソフト化により再評価され、多くの役者や制作者を脱帽させている。どこか舞台作品調に進む作風でありながらマクロな演技というのは、舞台ではほぼ不可能な、フィルム作品でのみ成せるもので、かなり斬新な手法だった。また、ヒーロー=ファイヤーマンも、スーツアクターの演技がメインで敵怪獣を倒さない。主人公と異星人の闘いが実はイデオロギー戦であるという点もかなり異色である。映画では岡本喜八監督作品に多数出演。後期「喜八一家」のキーマン的存在であった。『ダイナマイトどんどん』のド派手なスーツをまとった敵方ヤクザ幹部役の抱腹絶倒演技、わずかな出番で作品の印象を一変させるような脇役を目指したい、と語っていたモットーを具現化したような『ブルークリスマス』の不気味な政界黒幕秘書役などが代表的なものとして挙げられる。円谷プロ以来のつきあいである実相寺昭雄監督とも名コンビを謳われた。1977年の『歌麿 夢と知りせば』は脇役の多かった岸田としては唯一ともいえる大作映画主演(ただし、トップクレジットではない)であり、カンヌ映画祭でも上映され話題を集めた。また、時代劇においては多くの歴史上の人物を演じたが、その中でも感情を抑制し知的なイメージが先行した役柄を多く好演。改めてその演技力の高さを認知させている。代表的なものに、1964年のテレビ朝日制作による大作『徳川家康』での若き日の竹中半兵衛役(晩年期は原保美が代って演じた)、1979年のNHK大河ドラマ『草燃える』では大江広元役を演じ、日本の歴史に名高い二人の名軍師を演じたことで一部の歴史マニアの間で語り草となった。他、荻生徂徠、小栗上野介、鳥居耀蔵など、時代の転換期において活躍する知恵者の役柄が多い。一方、声優としてはモンゴメリー・クリフト、ピーター・オトゥール、リチャード・ハリス、ジョージ・ハミルトンらを吹き替えたことでお茶の間でも親しまれた。六本木でバーを経営し、岸田が学生野球ファンということあり、映画評論家の田山力哉が連れ立って岡田彰布、松本匡史など当時の東京六大学野球や、東都大学野球リーグの高木豊など各選手が時折店を訪れ、顔なじみであった。1968年に悠木(樹木)と離婚後、バーのマダムと再婚するが再び離婚。その後は女優・三田和代と交際し、1982年12月28日午前4時59分 、食道ガンのため、43歳の若さで死去。墓所は神奈川県鎌倉市にある鎌倉霊園。最後の特撮レギュラー『太陽戦隊サンバルカン』で共演した小林朝夫は岸田の死にショックを受け、俳優業を休業、数年後に芸能界から去った。訃報から間もない頃、東京地方で『サンバルカン』の再放送が始まり、第1話の岸田初登場シーンでは追悼テロップが流れている。
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